International Jomon Cultuer Conferrence|縄文土器/土偶/貝塚/勾玉など縄文時代/縄文人の文化を探求する考古学団体 (▼△▼)/

■ 縄文対談  津川雅彦氏(俳優) × 小林達雄先生(考古学者) 3


津川)
岡潔さんという日本が誇る大数学者が、日本人はもう一度「連歌」をやりはじめたら、200年もすれば、再びまともな国民になれるだろうとおしゃっています。言霊をもって想像力を延ばせと云うことだと思います。さて、今の小林先生のお話によると、農耕は田畑で下さえみていれば仕事はできたが、縄文時代、食料を得る為には密林に入り、足元が悪い中でも先を見て歩かなくてはならない困難に遭遇したわけで、すべてが今よりも、もっと過酷だった。その苦労に挑戦せざるを得なかった。東北の人々も歴史始まって以来、冬になると全てが雪に閉ざされ、身動きならない辛い日々に耐え、更に最近は過疎化にも耐えて過ごしてきています。だからこそあの心の美しさを保てたんじゃないでしょうか。この年齢になってはっきりしたことは、苦労した人間じゃないと信頼がおけないということです。苦労した人だけが心を磨き、他の人の苦労がわかり、人格が成長するのです。僕は芸能一家に生まれ、苦労もなく役者になって、いい加減な男として生きてきました。その中で人間として少々まともになったと感じたのは娘が誘拐された時からです。あんな辛さは人には味あわせたくないけど、その時の苦労が、父と娘の関係を充実させ、人間同志が思いやることの大切さとして自分の中で芽生え育ち、人の心を真摯に見つめることもできるようになりました。苦労は大事です。東北の人々もそうですが縄文人も豊かな苦労の中で、情緒が成長し言霊が成長していったのだろうと思います。大和言葉っていうのも是非勉強してみたいことの1つですね。

小林)
言霊というのは日本的なものですからね。言葉にもスピリッツが宿っているのはすごいことです。世界には約6500の言語があるといわれています。その中で日本語が個性的でユニークなのは、たった115の音節、115の音しかないといわれています。それしかない中で、橋、端、箸をはしで説明する。書く、描く、掻く、欠くもかくで一緒です。これは実は人間同士だけでコミュニケーションをとってきたのではなく、1万年以上自然と共存共生してきたことのひとつの表れかと思います。それが「春の小川がさらさら流れる」などの表現につながっているのです。

実は自然界の音も115の音でキャッチする。草木すべてものがものを言います。だから風がきたというのは物理的な気象学的な風の現象ではなく、風というスピリット、生命体が動いていくと考えます。その時「さわさわ、ざわざわ」と音を立てるとちゃんととらえているのです。これは日本人だけです。たくさんの音をもっている人たち、たとえば中国では440くらいで4倍、英語は2~3万の音がある。音を組み合わせて記号化してコミュニケーションをしていく。それが人間同士で相手を言い負かすときなど貴重ではあります。我々は115音で少ないのでダジャレなんかでごまかしたりします。それは日本語の特徴です。それも1万年もの縄文が大きくかかわっていると思います。

津川)
今回は世界で初めて土器、漆器、釣り針、銛、漆喰も作り、世界に先駆けて天才的な才能を発揮した縄文人の叡智の話でした。当然のことですが優れた頭脳があるからこそ、あれだけの上質な心をも磨けた訳ですね。優れた頭脳というのは決して暗記力や知識の豊かさではありません。想像力のことです。日本人は1万5千年も前から、あらゆる面で世界をリードする想像力をもった人種だったのだと確信が持てるようになりました。3・11の被災者の「我慢」「忍耐」「礼節」と云う美しい心は縄文のDNAが花咲いたのだとも発見できました。そういった資質は日本人だからこそ1万5千年後の今日まで育ててこられたのでしょう。日本人が培ってきた大自然とその生命を大切にし、美を尊敬し、人の心を思いやり、共存共栄していく精神を、東北の人達が多くの犠牲と共に、その模範として我々に見せてくれました。この感動をこれからの若い人達には時間と共に薄れさせないで大事にしていってもらいたい。それこそが世界の平和にリーダーシップをとれる日本人の能力育成につながるのですから。平和というものを、日本人ほど考え実行し実績を残してきた人種は世界にいないのです。しかし残念ながら縄文土器が世界最古だと子供たちの教科書にちゃんと載るようになったのはつい6、7年前のことです。情けない話ですが、それも日教組系ではない教科書に限られています。それでもやっと小学生の教科書に載った訳ですから、もっともっといきわたらせてやることが今後の大人達の責務でしょう。僕は一昨年の暮れから始めたばかりのまだ縄文1年生ですから、縄文人というのはすごい人たちだったということをこれからも、もっともっと勉強していきたいと思います。次回皆さんの前に現れるときには小林先生にも感心してもらえるくらいになりたいと思います。

小林)
9万年前に南アフリカに現代のわれわれにつながるホモサピエンスが登場するわけですが、それが日本列島まで来て、現生人類のホモサピエンスサピエンスですが、能力は一緒なのですが、いろいろな条件に巡りあうとか、反応をすることで個性がうまれたり、創造性がうまれたりします。日本列島に生まれた人間の創造性がもともと優れていたわけではなく、たとえばそれを育んでくれた日本列島の自然環境や位置関係、海に囲まれていたことにより豊富な海の資源など、それらをうまく利用して、縄文文化が育った。そういうものに触発されて縄文文化を育てた。

ほかの地域にいる人たちも能力は同じですが、技術と効率に走ると、いいところが隠れてしまうのだと思います。リービ英雄という中国語、英語や日本語で小説を書く小説家がいますが、彼が日本語でしか書けない小説があるというのですね。最近の小説の女流や若い男性の書くストーリーは日本語でなくとも書くことができると思います。もちろんそれぞれ作家たちは頭がいいし、おもしろい思い付きをして小説にしているですが、そうした能力には感心するのですが、なかなか感動しないのです。おもしろくないわけではない。それがリービ英雄さんが意識的に言っていないかもしれないし、違うかもしれないけど、私はそういう風に受け止めて、日本語でしか書けない小説があるなんて、とても誇らしく思いました。我々の立場からもそれもこれも縄文に芽があるのではないだろうか。

津川)
先生のお話を伺ってみて強く思いました。日本人の環境ですね。四季があり、山があり、川があり、海に囲まれ、大自然に恵まれた環境にいる。それが縄文人の優れた資質を作り出したのだと考えると、日本という国土と自然をもっともっと大事にしていきたいと思います。ありがとうございました。(終)

[平成24年7月24日 於:NPO法人国際縄文学協会事務所]

▲ PAGE TOP