International Jomon Cultuer Conferrence|縄文土器/土偶/貝塚/勾玉など縄文時代/縄文人の文化を探求する考古学団体 (▼△▼)/

■ 第6回国際縄文学協会奨学生 レポート Vol.6 吉田泰幸


Once in a Lifetime: フロリダで開催された巨大学会

 異国の地で1年を過ごすというのは一生に一度の機会かもしれない、と思って日々の生活を送っている訳ですが、アメリカはフロリダ州のウォルト・ディズニーワールドを訪れたというのも一生に一度のことになるかもしれません。

 ノリッチ空港からオランダ・アムステルダム、アムステルダムからアメリカ・デトロイト、さらに国内線でフロリダ州オーランドまで、途中、アメリカ入国審査よりも根掘り葉掘り様々質問されたアムステルダム空港でのデルタ航空への乗り継ぎ手続き等を経て、約17時間をかけてまでアメリカはフロリダ州にたどり着いたのですが、ディズニーワールド目的でかの地へ赴いたわけではありません。Society for American Archaeology (SAA)の81st Annual Meetingという学会に参加するためでした。

 SAAはアメリカ考古学会と言いながら、アメリカ人の考古学的調査は世界各国にわたっている、アメリカには世界各国から人々が集まることから、実際は毎回、世界各国から研究者が何千人も参加する巨大学会です。勢い、会場も巨大にならざるをえないのですが、今回はウォルト・ディズニーワールドに隣接する、というより、いくつかの広大なテーマパークの集合体であるディズニーワールドの中にあるホテルを会場として開催されました。

 会場となったホテルに宿泊すれば楽だったのかもしれませんが、当然ながら非常に高額なのと、学会期間中はすでに満室で、会場からは離れたホテルに滞在しました。学会会場のホテルへは、宿泊先のホテルが提供するディズニーワールドのエプコットというテーマパークへと向かうシャトルバスに乗り、そこからディズニー・ハリウッドスタジオへのディズニーワールド提供のシャトルバスに乗り換え、たくさんの人で賑わうハリウッドスタジオの入口の前を通過して同じくディズニーが提供しているボート乗り場に向かいボートに乗り、会場ホテル前の船着場で降りてようやく到着です。ノリッチというコンパクトな街で、Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures (SISJAC)に通うのも、買い物に行くにも、鉄道の駅、映画館やフットボールスタジアムに行くにも歩きで事足りる生活に慣れたためか、「なぜこんな目に遭わなければいけないのか」と思いながら一週間弱、学会会場に通いました。

 そのSAAでは、China and Japanというセッションに入り、The Prehistoric Jomon and Ideological Conflict in Contemporary Japanと題して研究発表を行いました。英語圏の議論では、縄文時代研究を始めとする日本の考古学研究は日本のナショナル・アイデンティティやナショナリズムの形成に寄与しているとされ、そのあり方が批判的に検討されてきました。それは一面真実なのですが、研究発表では先行研究が指摘してきたナショナリズムの形成などのイデオロギーとは反対のイデオロギー、左派や反原発、環境保護活動にも「縄文」は組み込まれていることを示し、縄文と社会との関係のメカニズムをさらに幅広い視点から検討することを提唱しました。発表後にはアメリカ人研究者にコメントや質問を受け、決して流暢でない英語でこういう話が伝わるのか不安でしたが、少なくともネイティブスピーカーの研究者の何人かには興味を持ってもらえたようで、少し安心しました。

 発表終了後は毎日入口の前を通過していただけのディズニー・ハリウッドスタジオにも、「これは観光人類学的フィールドワークである」と言い聞かせて内部へと潜入しました。東京ディズニーランドにも数えるほどしか行ったことがなく、何年かぶりに「ディズニー」に訪れたことになりました。ディズニーの象徴であるお城はマジック・キングダムと言ってこれまたハリウッドスタジオからはかなり離れた別のテーマパークにあり、ハリウッドスタジオの中はマジック・キングダムでは闊歩しているであろうネズミカップルや上半身だけしか服を着ていないアヒルの着ぐるみの代わりに、スターウォーズの最新作に登場するファースト・オーダーの兵隊たちが時々歩き回っていました。そこかしこにあるステージには毛むくじゃらのハリソン・フォードの相棒、ジェダイ候補生という設定の子供達とライト・セーバーを交える黒い悪そうな人達を見かけました。スターウォーズは「遠い昔、はるか彼方の銀河系」という設定のお話なのですが、当時の「最新」「特撮」が話題となって第1作=エピソード4が登場してから40年弱が経ち、その頃子供だった人たちがそのまた子供たちに伝える、現代のおとぎ話になったのだと実感しました。

 一足先の常夏の青空とけばけばしい外装のホテルやプールに囲まれた日々からノリッチの空港に帰ってくると、案の定天気は雨で春にはまだ遠い風情でしたが、市内に向かうにつれてホッとしたのは、ノリッチの街にずいぶん慣れたからかもしれません。

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